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3年間で何を得るかが大事
氏 名:浅井 裕司
年 齢:33歳
出身地:富山市
就農年次:平成18年
29歳で就農される前までは何を?
国家公務員で裁判所に事務官として9年ほど勤めていました。そこに勤めている時に結婚をして、それで妻の実家であるこの「此口牧場」の存在を知ったんです。普通の牛乳は複数の酪農家から集めた牛乳をパック売りしていますが、この牧場の場合はここの牛だけで搾った瓶詰めの「アデア牛乳」が販売されているんです。その牛乳が義理の両親だけの代で終わるのがもったいないなと思って、自分から「やってみたい」と話をしたんです。裁判所勤めで定年まで安定した人生を続けるのもいいのですけど、あえてやってみようかなという、それだけの気持ちだったんです。それで、「此口牧場」に勤めているというわけです。
牛の飼育と加工のみをされているのですか?
牛乳にするのは別のところなので、ここでは飼育と搾乳、出荷までをしています。義理の両親とパートの男の子と私の4人で働いていますが、基本的に朝晩2回の搾乳は両親と私の3人で行っています。私の担当は、牛舎や糞の掃除と餌の準備などですね。母は基本的に餌やりです。また、購入した牧草の他に自分たちで牧草も作っているので、春から秋までの間は牧草を刈り取るという仕事もあります。雨に遭うと草の品質が落ちて牛の食べる量が減ってしまうんですよ。なので、雨に遭わずに牧草の作業が全部終わった時は充実感がありますね。
農業未経験で始められたわけですよね?
高校は商業高校で、専門学校は公務員専門の学校ですし、農業というものは全く知りませんでした。実家は兼業でしたが水稲だったので、酪農業は初めて。なので、義父を見て覚えるということをずっとやっています。また、私が就農した平成18年度は新規に酪農家として就農する人が多くて、富山地区だけでも20代から30代の人たちが結構いて、いい人たちばっかりなんですよ。何かあったら、その人たちに電話で聞いたり、飲みに行って話をしたりしていますね。正式な会ではなく、同業者の集まり的なものです。
酪農から学ばれたのは、どんなことですか?
牛を飼っていると、どこにも行けないんですよね。酪農がこんなに大変なものだとは知りませんでした。朝5〜6時ぐらいから昼ぐらいまで働いて、それと同じことを夕方4時ぐらいから夜の8〜9時まで行うのが1日の仕事で、これを365日続けるんです。だから、休みがないんですよね。私は月に1回休みをもらっていますが、義理の両親は休みなし。分娩の予定日も前後することがあるので、朝方に産まれた場合は義理の両親が徹夜だったということも。分娩にしても、自分たちだけではできない場合には獣医を呼ぶこともあります。酪農の大変さを学びましたね。
3年間やってみていかがでしたか?
私が「酪農をやりたい」と言った時に、そんなに簡単なものじゃないということを義父に言われて、公務員をやりながら日曜だけ朝から晩まで仕事を手伝うことにしたんです。それを2年間続けてから入りましたが、いざ毎日やるとなると日曜だけでは見えなかったことがいっぱいあって。3〜4年目になってから、少しずつ仕事を任せてもらえるようになったことは嬉しいんですけど、実際にこの仕事を1人でやっていくとなると、かなり大変だと思いますね。ただ、3年間で、ようやくひと通り分かってきたというのがあって、やっと面白さが分かってきました。他の酪農家のやり方に興味を持つなど視野が広くなるというか、変わってきた部分が多いですね。
これから、やっていきたいことは?
人工授精は自分で結構やっていますが、受精卵を移植する方法は獣医師に依頼することが多いんですね。なので、もっと練習して自分で受精卵移植を増やしていきたいなと思っています。
新規就農する方にメッセージを
毎日ただ同じように過ごさず、まずは3年後に始めた時より少しでも向上していれば、その後も続けていけるんじゃないかなと思います。
■現在の経営内容
乳牛 約70頭
■将来の経営構想(平成23年以降の目標)
・頭数は維持
社団法人 富山県農林水産公社
〒930-0096 富山市舟橋北町4番19号(富山県森林水産会館6階)tel076-441-7396 fax076-444-3851